
【ガンから学んだこと】
・がんと闘っていては心も体も衰弱してしまうので、がんとはうまく付き合い、必要ないので自分から離れていくイメージを持つことで、がんのことを考えることが少なくなりました。だから闘病という言い方はしないように心がけていました。
・今考えてみると、私の場合は一人で何でも抱え込みすぎて泣き言も言えず、それがストレスとなり、ストレスが溜まりすぎて、その警告ががんとなってあらわれたものだと思います。
・自分が熱中できるものを持ち、そのことを四六時中考えることでがんのことを考える時間が少なくなっていきます。それが私にとっては、気功八段錦であり、太極拳だったのです。
・あとは、何事も「何とかなる」という根拠のない自信を持つことが大事だと思います
【患者さんへのメッセージ】
・がん治療は、治療の辛さよりも、漠然とした不安がきつさを増幅させているのではないでしょうか?
・おそらく頑張りすぎて生き急いでいたと思うので、これまで頑張ってきた心と体に感謝し、今は休みなさいというサインだと受け取ってください。
・その時役立つのが、瞑想です。何も難しく考えることはありません。座っても経っても寝そべってもいいので、目をつむり周りの音に耳を澄ますだけです。呼吸は吐くことの意識を向けた方がいいのですが、自然の呼吸でも構いません。最初はいろんな雑念が出てきますが、出てくるのは当然なので、「出てきたね」という気持ちでやさしく見守ってあげましょう。
・もう一つの瞑想法としては、呼吸を数えるというやり方です。このときは意識を呼吸だけに集中します。呼吸の仕方は鼻で吸って鼻で吐きます。
最初は吸いながら2数えて、1秒吸うでもなく吐くでもない軽く息を止めるような感覚を持ち、吐きながら4つ数えます。また1秒くらい軽く止め、吸いながら2つ数えます。このように心の中でその呼吸を数えていきます。人って、一つのことに集中したら他のことは考えることができないようになっています。それを利用した呼吸法です。
・できるだけ、心に太陽のような明るさを持ち、顔晴っていきましょう。
追伸:呼吸や気功のことでわからないことがあれば、「ガン生還者に学ぶ会」を通じてお問い合わせ下さい。
※ガン患者はたくさんの情報の中で選択に迷います。北村さんが取り組まれたことはとてもシンプルです。それに納得して心から信じて毎日実践されたことが良かったのだと思います。北村さんのフェイスブックもありますので、興味のある方はご覧ください。

【ガンから学んだこと】
ガンから学んだことは、たくさんある。
・病は、治る
・地道にコツコツやり続ける事
・紙に書き出し具体的にする。(紙に書き出す事により冷静になれる。)
・お金と副作用が少ないならば何しろやってみる。動く!
・身体も運も巡らせる
まだまだたくさんある。
生きていると、良い事もそうでない事も起こる。
残念ながら想定外の事も起こる。
元気だけが取り柄でガンになるとは思ってもいなかった。
初期の肺ガンと診断され手術をすれば大丈夫と言われたが、
残念ながらそんなに甘くなく、
結局手術2回、抗がん剤、放射線と治療が進み、
約七カ月の入退院を繰り返した。
想定外の連続だった。
そこからガンなったガンになったと騒ぎ、
沢山の人に話を聞き、
ガンの事を学び、動き、出会い、
お陰様で元気になった。
今思えば、
肉体的にも精神的にもかなりダメージは、ありましたが、
手術一回で終わっていたならば、
何も学ぶ事もなく。
ガンになる生活をしてガンになったのに、また同じ生活をして、
今頃再発して、もうこの世にいなかったかも?しれない。
ほんと、何が幸いするかわからないと思っています。
【患者さんへのメッセージ】
病院から家に帰った時は、歩くことだけでなく
生まれたばかりの娘を抱くこともできませんでした。
お金ばかりかかり、何もできず、社会や家庭のお荷物だと落ち込む日々。
近くの公園に行き、ゴミを拾うことで
「自分にもできることがあった」と少し前を向くことができました。
そこから一歩一歩歩きだし
元気になり、今では毎週のように山登りをしています。
九州の山だけでなく、アルプスにも登りに行きます。
先日も、夜中の2時から一人真っ暗な中、歩きだし
阿蘇高岳東峰からご来光を拝みました。
生きてる実感ができるご来光登山は大好きです。
星が綺麗な夜でしたが、何回歩いても、暗い道は不安で怖いです。
風や小動物、鳥にいたずらされながら一歩一歩進んでいきます。
真っ暗な空から地平線が赤く成り始め、登って来る太陽を見ていると、
魂が震えます。
今だに、明けない夜はないを実践し、日々生きている喜びを味わっています。
※藤本さんには第26回講演会で体験談をお話して頂きました。藤本さんの文章には詩のような余韻があります。なので今回は改行している箇所など、ご本人が書かれた原稿のまま掲載致しました。藤本さんの、ひたむきに一歩ずつ前を向いて歩いていく姿が目に浮かびます。

【ガンから学んだこと】
今まで何気なく過ごしていた当たり前の日常、例えば家族で一緒にテレビを見て笑ったり、一緒にご飯をたべたりする小さなことがなんて幸せなことなんだろうと気づかされたこと。
今、こうして生かされているこの私の命も当たり前なんかじゃないということ。今、生きている、このことだけでも奇跡に近いということ。生きているだけで素晴らしいことなんだと気づかされました。
今まで空気の様な存在だった家族がガンになったことで、いつも傍らで心の支えになっていることに気づかされ、家族の存在の大きさ、いざという時の絆の強さを改めて感じ、感謝の気持ちでいっぱいです。
ガンを患い、自分なりの生き方を考える時間を作ってくれたこと。
現在は病気になる前よりも、生き生きと自分らしく生きているように思います。
ガンはこれから先の人生の道しるべを作るきっかけを与えてくれ、ガンからのプレゼントかなと、私流には受け取り、今、前向きに生きています。
【患者さんへのメッセージ】
病気になった時、まずは病院選びに始まり、治療の方法等、色々選択、決定していく過程で、その一つ一つの決断次第でその先の日常、人生が大きく違ってくるのではないかと、私は自分の体験からそう感じた次第です。
治療も何もかも全て病院(医師)任せではなく、一番大切にしたい自分の心、自分の体に相談し、もし不安な事があれば勇気を持って医師と対話してほしいと願います。
自分を守れるのは誰でもなく、自分自身ですから。
私が皆さんに一番お伝えしたいこと。
それは最後の決断は家族ではありません。医師でもありません。自分自身が決めることが大切なんじゃないでしょうか。
自分で決めたことであれば、どんな結果になろうとも後悔はしないで生きていけるのではないでしょうか。
これから私どうなるんだろうかと不安がるのではなく、どう生きていきたいのかを考える勇気を持ってほしいと思います。
基本的な治療を受けた後は、自分に今できること、やりたいことに目を向け、自分探ししてみませんか?
自分の自然治癒力を信じ、精一杯命を燃やして人生を送ってほしいと思います。
さあ、今日という一日を普通に暮らせる事に感謝しましょう。
私は今、そうして生きています。
※藤井さんには第20回講演会(講師:刀根健さん)に福岡から親子で参加して下さったのがご縁で、今回第25回講演会で体験談をお話していただきました。打ち合わせの時に、最初の診断でいきなりステージ4Bと告げられて、死に対する恐怖心でパニックになりませんでしたか?とお聞きしたら、それよりもこれから先をどう生きたいかという思いの方が強かったとおっしゃいました。
そういう藤木さんの、自分の命との向き合い方が随所に感じ取れるメッセージだと思います。

「ガンから学んだこと」
31歳でガンになり、今は亡き東城百合子先生初め色んなご縁を頂きました。そして82歳になった今も料理教室などでたくさんのご縁と出会う日々が続いています。
ガンに学ぶというより、ガンに感謝していると言った方がいいかもしれません。
ガンは天からのお手紙と受け止めて、自分の体質を変えればガンとは無縁になります。
「患者さんへのメッセージ」
どんな治療法を選ぶかは本人が決めること。良くないのはいつまでも色んなことで迷うことです。気持ちが迷うと細胞までフラフラ迷ってしまいます。
治療法が決まったら、後は自分の体を信じてあげることがとても大切です。そして今自分ができることをやること。
例えば抗がん剤の副作用が心配なら、砂療法をしたり、肝臓や腎臓のお手当をしたり、自分でもできることはたくさんあります。
今生かされていることに感謝して、希望を持って前向きに歩いていきましょう。
※米沢さんは「あなたと健康社」で故東城百合子氏の右腕として長年活躍を続け、82歳になられた今も現役です。今回はお忙しい中、お仕事の合間を縫って何度も快くお電話でお話ししてくださいました。
本当にありがとうございました。
著書「ワッハハ佐枝子のひまわり人生」は、おすすめの一冊のコーナーで紹介しています。ガンを発症してから自然退縮させるまでの14年間のことも詳しく書かれています。

【ガンから学んだこと】
ガンになって苦しかったこと、辛かったことが今は私の宝物になっています。
29歳でリンパのガンを発病して、余命半年の宣告を受け、35歳で再発して命の保証はないと言われ、ただ3人の幼い子供達の為に死ねない!継母にいじめられる!って、そんな思いとの戦いでした。
死と向き合い髪が抜けたそんな母を見て、子供達が「髪は生えてくるけど、命は1つしかないから良かさ!」と慰めてくれたあの一言で絶対に死ねない!死なない!子供達が成人するまでは寝たきりでもいいから側にいたいと決めました。
あれから37年、今も元気に生かされています。子供達も42歳、41歳、39歳のおじさんです。子供達のお陰様です。
私のガンの原因はストレスや食生活、結婚による生活環境の変化など、いろんな要因があったと思います。私の様に苦しむ人が1人でも少なくなってほしい!私の様になる前に予防医学で気づいてほしい!私は生還できた時にこれからの人生は「おまけの人生」だから、人の役に立つ生き方をして人生終わりたいと決めました。
明日お迎えが来ても悔いのない人生、「母は幸せだったよ!あなた達3人と出会えて幸せだったよ!ありがとう!」と言って自分の人生を終わりたいと思っています。
今、社会貢献活動で同じ心根の共感できる仲間と出会い、毎日楽しく過ごしています。私の使命だと思っています。
自分の命をどのように使って終わるか、ガンになり人生180度考え方が変わりました。たくさんの学びを頂き、たくさんの方と出会って助けて頂きました。「当たり前」ではない生活に気づかせてくれたのはガンでした。これからも感謝、感謝で毎日を過ごしていきたいと思います。
【患者さんへのメッセージ】
私の一番の薬は子供達でした。
心の免疫のためにはプラスのことを考えてくださいね。
ガンと診断されて治療方針や治療経過に疑問を持ったら、その病院とは違う系列の病院にセカンドオピニオンを受けて、自分が納得のいく、安心して治療が受けられる主治医を選んでください。自分の身体は自分で守って、病気と向き合ってくださいね。
そして、「ありがとう!」は最強の薬です。
※北川さんは若くして全く知らない土地に嫁ぎ、家業を手伝いながら3人の男の子を育てつつ、2度も厳しい闘病を体験されました。きっとたくさんの苦しみや悲しみや挫折を経験されたと思います。それなのに66歳になられた今の北川さんは前向きでピュアな少女の様な人です。純真な自分の魂をその手につかみ取って、喜びと感謝の中で生きている姿に勇気をいただきました。

「ガンから学んだこと」
■がんは道しるべだった
今から24年前の1999年、私は腎臓にできた進行性のがん(PNET―未分化原子神経外胚葉性腫瘍)と呼ばれる特殊な腫瘍で、当時同じ症例で2年以上の生存例がなく、両親には「早くて半年、2年後の生存率0%」と言われていました。左腎摘出手術の後、抗がん剤治療2クールを受け、医療、家族などのサポートにより、再発せずに24年経過しています。
現在は、がん罹患以降のたくさんの気づきの中で、宝物をおすそ分けするように、この体験を人々に伝える活動をしています。あるときは、命のマガジン「メッセンジャー」編集長として、あるときは、その体験から湧きあがってきたオリジナル曲を歌うシンガーソングライターとして、またあるときは、マラソンランナーとして、全国を駆け回っています。
1999年、病床で描いていた夢。
「ホノルルマラソンを完走し、ゴールには結婚するパートナーが待っていて、抱き合って喜び、次の日、結婚式を挙げる」
手術から9年後の2008年12月、その夢はそっくりそのまま叶いました。そして、体中にみなぎる「元気」と、一生失うことのない自信を手に入れた私は、自分だけでなく、たくさんのがん患者さんを元気にしたいと、2010年12月、『命はやわじゃない!』がんサバイバーホノルルマラソンツアー」を実施。約80名のがん患者さん、サポーターを引き連れて参加しました。以後、コロナ禍前まで9回のツアーを開催し、2024年に再開予定です。
「がんを宣告されてからの24年間の歴史は、決して闘病記でなく、がんの原因を作った“習慣(体、心、生活)”を見直し、本当の自分に生まれ変わる“再生記”でした。
がんを発症するまでの28年間の自分と向き合ったとき、不安、恐怖、心配、焦燥、後悔、怒り、憎しみ、悲しみ、自己否定・・・これらの感情が、幼い頃から長年に渡って蓄積され、がんという形となって体に現れ、命懸けで訴えかけてきたのだと思います。「いいかげん気づいてくれ!こっちを向いてくれ!」と。がんは私にとって、「本当の自分らしい生き方」を教えてくれた道しるべだったのです。がんから学んだことです。
「患者さんへのメッセージ」
■私を元気にしてくれたもの
治療法や代替補完医療などのほか、治療を受けるとき、あるいは病気を乗り越えていくためのメンタルについても、今さまざまな情報があふれています。〇〇メソッド、〇〇法、〇〇学と、選択に困るほどです。
ここでよく考えてみてほしいのです。これまでの人生を振り返ってみると、「元気を出す」方法は自分が一番よく知っているはずです。
何をして自分が元気になってきたのか?心身がつらいとき、何が自分を回復させてきたのか? 何が一番元気になったことを実感できたか? 私の場合、ダントツで「睡眠」です。それはどんな薬よりも、どんな食事よりも、どんな思考法よりも、自分を元気にしてくれました。
目の下にクマを作って瞑想していても寝てしまいます。体は「今は瞑想なんかしている場合じゃないよ」と全力で睡眠を要求してきます。目の下にクマを作って食事療法をしていたら、目の下にクマを作って治療を受けていたら、その効果は減ってしまうと思います。決して「睡眠」をないがしろにしないでほしいです。
「睡眠」をクリアした上で、私は歌うこと(呼吸)や走ることで元気を出してきたと言えます。振り返ってみると、自分の場合、「睡眠」「呼吸」「運動」をベースとして、治療法や養生法の効果を高めてきたと考えています。
そして、「どうやって自分を元気にするか」と、もう一つ大事な指標があります。「どうやって自分を幸せに生きるか」です。
私たちは病気を治すために生まれてきたわけではありませんし、元気になるためでもありません。「幸せに生きるため。幸せを体験するため」に生まれてきたのだと思います。「何が自分を幸せにするか?」、実はこのことも自分が一番よく知っています。これも過去を振り返れば、わかります。
では、何が自分を幸せにしてきたか?
寝ることです。大切な人と一緒に寝ると、生きていてよかったと思えますし、心が安らげて一人じゃないと思えますし、幸せを感じることができます。私の場合、後は歌うこと、それを誰かが喜んでくれること、旅行すること等など。これも、人それぞれです。「治すために生きる」のではなく、「幸せに生きるために治す」と捉えたほうが治療効果も高まるのではないかと思います。
ときには一度原点に帰って、〇〇法、〇〇学ではなく、「何が自分を元気にするか」「何が自分を幸せにするか」を思い出すことが大切だと思います。
■がん抑制遺伝子
最近では遺伝子の研究が進んで、たくさんのがん抑制遺伝子が発見されています。いかにそのがん抑制遺伝子を活性化するか、その大切さをたくさんの方が説かれています。
がん抑制遺伝子の中でも代表的なのがP-53遺伝子で、主に傷ついた細胞を修復したり、がん細胞のアポトーシス(細胞死)を誘導したりする働きがあります。また、筑波大学名誉教授の宗像恒次氏は、P-53、RB、BRCA、RUNX3の4つのがん抑制遺伝子を「愛の遺伝子」と呼び、それらは「人から愛される」「自分を愛する」「人を愛する」ことで活性化されると言われています。
愛し、愛されると心を満たすのは「幸せ」という感情。また、歓喜すること、心が震えるほどに感動すること、「生きていてよかった」と何か魂が揺り動かされるような体験をすると「幸せ」を感じることができます。
私自身はというと、28歳でがんと診断される以前は、ずっと自分にダメ出しをしてきました。「自分なんて」という言葉をたくさん使い、「自分には価値がない」「もっと働け、もっとがんばらなきゃ」と自分を追い込み、鞭を打ち続けました。人から愛されても、「それは偽りかもしれない」「いつか嫌われるんじゃないか」と、人を信じることができませんでした。そんなふうに、心と体を酷使して、自分は病気になったのではないかと考えています。
しかし、がんという病気で立ち止まったとき、いろんな存在が愛を送ってくれました。いや、送ってくれたというより、自分がそれに気づき、受け取ることができたということだと思います。
いろんなところに書いていることですが、最初に愛を送ってくれたのは親でした。「早くて半年、よくもって2年」、親だけに私の余命が伝えられたとき、母親は「余命宣告なんて絶対に信じません。私は息子の生きる力を信じます」と医師に言い返してくれました。その想いは言葉がなくても、一人暗闇の中にいると思っていた自分に十分に伝わってきました。「大丈夫だよ。信じているからね。一人じゃないよ」、その想いがどれほど心強かったか・・・。毎夜、病院から帰る両親の背中を見ながら、涙を流していました。「ありがとう、ありがとう」と。
ある日、母はこう言ってくれました。「あなたが生きているだけでうれしいんだよ」。これを言われたとき、涙が止めどなくあふれました。「ずっと自分はダメな人間で価値がないと思っていましたが、決してそんなことはありませんでした。ここに生きているだけで価値があったんだ」、そう気づけたとき、心が歓喜に満ちあふれたのです。
親からの愛を受け取り、初めて自分に愛を注いだことで、がん抑制遺伝子のスイッチがオンになっていたのかもしれません。〇〇メソッド、〇〇法、〇〇学を学ぶのもよいですが、その前にできることがあります。懸命に生きてきた過去の自分が教えてくれます。
■命は輝きたがっている
今までを振り返れば、楽しいことばかりではありませんでした。むしろ、辛くて泣くことのほうが多かったです。それでも、闇の果てに光あることを信じ、悲しみの先に喜びあることを信じ、涙の先に笑顔あることを信じ、何があっても自分を信じ抜いて、ここまでやってきました。
そして私の場合、ファイティングスピリットを持って病気に立ち向かっていっても、長くは続きませんでした。疲労困ぱい、スタミナ切れ。ならば、楽しむスピリットを持って夢に向かっていく。これが私の生きてきた道です。もちろんこれからも。
「がんばることに限界はあっても、楽しむことに限界はない!」
必ず、道はあります。一人で進むには困難な道に、希望の光が束になって降り注いでいたら、きっと自信を持って進んでいけます。進む道を、出会った仲間と照らし合っていけば、きっと勇気を持って進んでいけます。
今の活動の中で、ホノルルマラソンツアーだけでなく、国内マラソン大会、ウオーキング大会、トーク&ライブ、講演会、オンラインライブなど、様々な形で素敵な仲間と出会う機会、場所を用意しています。ぜひ、勇気ある一歩を踏み出してみてください。その一歩が人生を変えることもあります。
マラソンと同じように、道はどこまでも続いていきません。必ず、終わりはやってきます。「諦めないで生きる」こととは、“終わり”から目を反らし、「死にたくない」と“生”にしがみつくことではありません。ゴールをしっかりと意識し、未来に希望の光を見出し、ワクワクしながら思いっきり今という“生”を楽しむとき、命は輝きます。命は輝きたがっています。いや、いつも命は輝いています。その輝きを今こそ、解き放ってあげましょう。
杉浦貴之『メッセンジャー』公式サイト
http://www.taka-messenger.com
がんサバイバーホノルルマラソン
https://taka-messenger.com/tm/
杉浦貴之著『がんステージⅣ克服 「転移」「再発」「余命告知」からの回復記録』(ユサブル)
https://amzn.to/3r5q03r
※杉浦さんには以前、当会の4周年記念講演会でトークー&ライブをしていただきました。「おすすめの一冊」でも著書を紹介しています。今回「生還者の声」への寄稿をお願いしたところ、たくさんの愛にあふれた文章を頂きました。

【ガンから学んだこと】
心から命と向き合うこと。
がんになる前は、生きていることが当たり前で感謝もなくなんとなく生きて死んでいくんだな−としか思っていませんでした。
42歳で末期ガンになり、目の前に「死」を突きつけられたときに、日々囚われている悩みは、価値がないことに気が付きました。
価値がないことに縛られ、神様が与えて下さった大切な「人生」を闇雲に不幸に生きて来た自分。
もちろん、生い立ちに事情があり、心の傷を拭いきれない部分は今もありますが、人には、それぞれ課題があって、それが多いほど人生は味わえる事がわかりました。
問題を先送りにして、姑息なプライドだけにとらわれる人生から、あるがままを受け入れて、受け流しながら味わって、生きれるだけ生きる!
幸せが、今ないと思って探しているうちは、幸せは遠のいていくだけ。
今、自分が在る事と、それを許してくれている全ての環境に感謝して、今を笑って生きたら、今が幸せだとわかりました。
私は、片親の違う家庭、母からの虐待、長期に渡る神経症、ガン、離婚、シングルファーザー、その他、ここに書けないこともいっぱい経験しました。
でも、一度の人生でいっぱい経験を味わえて、本当に徳をした気分です。
がんになって、人生を味わえたことに感謝できる自分になれました。
それが、ガンから学んだことなのもしれません。
【患者さんへのメッセージ】
チャンスはピンチの顔をしてやってくる。
コインにしても紙にしても裏と表があります。
表と裏は同じ広さ、裏のマイナスの方ばかりに目を向けていても、ひっくり返せば同じだけ学べるものがあります。
その気づきを活かして、しなやかに生きていただけたら嬉しいです。
※春名さんには以前、当会でも体験談をお話して頂きました。現在は全国各地で郭林新気功のセミナーを開催されています。

【ガンから学んだこと】
私は若い頃はバイクと車に明け暮れ、大学生の時に相手のご両親の反対を押し切って、妻と結婚しました。そして心機一転、がむしゃらに働きながら大学も卒業したのですが、就職してからはいつしか家族のことを振り返らず、仕事中心、自分中心の無鉄砲で感謝のない毎日になっていました。本当は身体も心も悲鳴をあげていたと思いますが、それに気づかないくらい麻痺した生活でした。
なので、初めて肺ガンと診断された時はそれ程悲しい気持ちもありませんでした。
たぶん妻も愛想をつかしているだろうと思っていたのです。ところが妻はそんな私に献身的に尽くしてくれました。当時高校生だった長男も毎日お見舞いに来てくれました。闘病する中で、私はこれまで自分に感謝の心がなかったことに気付きました。
そして、翌年の再発。医者に治る確率は3パーセントと言われ、私は初めて泣きました。家族との幸せでかけがえのない時間、もっと生きたいと心の底から思いました。それで「ガンの患者学研究所」という患者会でガンについて真剣に勉強しました。そこでは「原因と結果」ガンには原因があって、それを正せるのは自分自身だと学びました。
ガンを治すために食事や運動、お手当などの自助療法はとても有効で、毎日取り組んだことですが、一番大切なのは心だと思います。
「心と身体はつながっている」私がガンから学んだことです。
【患者さんへのメッセージ】
暗記してしまうくらい、闘病中に何度も口に出して言った言葉です。
「生かされていることに感謝し、思いやりの心を持ち続けます。何事もクヨクヨせず、プラス思考で取り組みます。身体に良い食べ物、適度な運動など健康にいいことに心がけます。人の倍は無理としても、二割増しくらい努力します。今日一日を省みて、明日の活力とすることを誓います。」
「明るく元気に生き生きと、理屈を言うな、だまって実践!」
ネガティブな気持ちは払いのけて、自分の治癒力、身体は治りたがっていることを信じましょう。
※佐藤さんは11月6日福岡で開催された講演会「ガン生還者の会・希望」主催で講師をされた方で、ユーモアたっぷりの大阪弁で会場も楽しい雰囲気に包まれていました。

【ガンから学んだこと】
ガンには原因があると思います。それを正すことが大切だと思ったので、手術の後に抗がん剤を勧められましたが、それは断って毎日自分ができることにコツコツ取り組みました。
ガンの原因として心の問題も大きいと思います。
私の場合、それは母との関係でした。
母が子である私に対して求めるものと、自分が親にできることの差に長年苦しみましたが、私の発病とほぼ同時に母が92歳で亡くなったこともあって、この心の葛藤はなくなりました。母にとっては百点満点ではなかったかもしれませんが、自分なりに精一杯やったという自負もあったからです。今は、自分を大切にして、生かされていることに感謝して、今日一日を楽しむようにしています。
これはガンになったからできるようになったことです。
【患者さんへのメッセージ】
「Weller than Well」もっと幸せになる
ガンをよりよい人生へのきっかけにしていきましょう。
※岩井さんは現在「ガンの患者学研究所」の患者会で福岡支部長として頑張っておられます。

【ガンから学んだこと】
入院中に体験した出来事です。同室だった年配の男性が医療スタッフにいつも不満を言うので、腹立たしく思い入院生活がストレスになっていました。
そんなある日、急に尿が出なくなり、何度看護師に言っても対処してもらえず、一晩中苦しみ続けてやっとのことで処置をしてもらえた時、なんと膀胱には2リットルもの尿が溜まっていて破裂寸前でした。
その時私は初めて同室の男性の気持ちがわかりました。それは単なる同情というより、もっと深い部分での愛や慈しみの気持ちとでもいいましょうか。そして私は思わずベッドに正座し手を合わせ、男性の背中に向かって「恨んですまなかった」と口に出していました。自然と涙がポロリと頬をつたいました。
その日から私自身の心も軽くなり、見え方が変わり、全てに感謝できるようになりました。ガンは感謝には勝てないと言います。まさに私がガンをきっかけに学んだことです。
【患者さんへのメッセージ】
まずガンを忌み嫌わず、受け入れることが大事。そして病院任せにするのではなく、自分も主治医という気持ちで取り組む。闘病中はいろんな経験をすると思いますが、自然体で頑張ってください。

【ガンから学んだこと】
ガンという体験は、それまでの僕を変えました。
それまでの僕は、昼間は「研修講師」夜は「ボクシングジムのトレーナー」として忙しくも充実した日々を過ごしていました。
ですから、肺ガンステージ4の宣告を受けたとき、「なんで僕が? こんなに充実しているのに」と思いました。ストレスも感じていなかったのです。
しかし今は分かります。それまで僕が僕だと思っていた「自分」は、「ニセモノの自分」で、「ほんとうの自分」ではなかったのです。
僕は完璧主義者でした。なんでも完璧にやらないと気が済まないタチでした。
仕事も、ボクシング、も、です。
なんでそんなに完璧を目指していたのか?
それは僕の育てられ方に起因します。
僕の父は僕が社会で適応出来るよう、いえ、分かりやすく言うと会社に入って組織で活躍できる人材になるように、僕を厳しく指導しました。
つまり、いつも「出来ていない」「足りない」「不十分」なところを指摘されて育ちました。褒められた記憶は、ひとつもありません。いつもダメ出しをされていました。
いまから振り返ると、それは父の僕に対する愛情であることが分かるのですが、当時の僕は子どもだったので、僕は心の根底に「僕は不十分」「僕は何事も失敗する」「僕は完成することはできない」という自己概念を作りました。
その「僕はダメ」という根底に横たわる自己概念の上に、「でも、こういう僕だったら、認めてくれるよね、愛してくれるよね」という適応のプログラム(自我/性格)を形成しました。
これが「完璧主義」だったのです。
「完璧だったら、完全だったら、僕を認めて、愛してくれるよね、おとうさん」
そんなことを心の中で父に向ってつぶやいてるなんて、全く気づかずに50年も生きてきたのです。
心の中でつぶやいていることですから、これにはブレーキがありません。アクセルしかないのです。自分でアクセルを踏んでいることすら、気づいていないのです。しかもアクセルを床まで踏み続けているのです。
このつぶやき、自分以外に誰かに認めてほしい、褒めてほしい、愛してほしい、と希求する生き方が、ガンという生活習慣病を引き連れてきたのだと思います。
僕は、とにかく、朝から晩まで身体と心を酷使し、疲れ切っていました。でもそれは「やってる感」をかもし出し、「オレ、生きてるぜ」みたいな歪んだ生き方を作り出していたのです。
これが「ニセモノの自分」です。
「ニセモノの自分」は、自分を大切にしません。自分の心も体も、ぞんざいに扱います。「自分」という存在よりも、他人からの承認だったり、評価だったり、モノだったり、お金だったり、そういう外部的なものに無意識にしがみつき、それと一体化します。
僕はガンに対して「ニセモノの自分」で闘いに挑み、完全にノックアウト負けを喫しました。
それまでの「ニセモノの自分」、他人から認められるために作り上げてきた自分では、ガンに太刀打ちできなかったのです。
ドクターから「来週にでも呼吸が止まる可能性があります」と告げられ、完全なるノックアウト負けをした瞬間、それまでの僕、「ニセモノの僕」が粉々に壊れました。
あの時訪れたのは、絶望ではなく、解放でした。
そのとき、僕は知ったのです。僕は、ほんとうの僕は、社会適応するために作りあげられた「自我・性格」を超える存在なんだ、ということを。
もっと大きな存在の、一部なんだ、ってこと。
これが僕がガンから学んだ、最大のことです。
この体験は、僕を変えました。
いまでは、以前の僕がよく思い出せません。
以前の僕はもっとギスギスしていて、常に先の事を考え、計画し、対処し、走り続ける人生でした。ゆとりや心の豊かさなんてありませんでした。
いまの僕は、一言で言うと、考えなくなった、不安に囚われなくなった、否定したり、執着することが少なくなった、気楽に、いつも「いい気分」の人になった、という感じです。
いわゆる「機嫌のいい、お気楽なアホ」になったのです。
僕はガンに感謝しています。
なぜかって?
そう、いまの方が1000倍幸せだからです。
ガンよありがとう、君のおかで僕は幸せに、そして「ほんとうの僕」になることが出来たよ、そう言いたいです。
【患者さんへのメッセージ】
ガンは気づきのメッセージだと、僕は思っています。
「もっと自分を大切にしなよ」
「もっと、ほんとうの心の声を、聴きなよ」
「他人のために生きるんじゃなく、自分の人生を生きようよ」
そのメッセージのために、今の人生の流れを強制停止するために、身体の一部がガン細胞に変化した、というのは考えすぎでしょうか?
治療法については、ご自分が直感的に「これ」と感じたものを選ばれると良い方思います。標準治療でも代替治療でも、ようは治ればいいんです。
ただし、身体を大切にすることは基本だと思います。体は食べ物で出来ていますから、良いものを食べ、良い水を飲む。
そして生活習慣を改める。
身体を温め、適度な運動、良く寝る。
そして一番のポイントは、ガンという病気に囚われずに、生きるということです。
ガンであろうとなかろうと、いずれ僕たちは必ず死にます。
いつか来る「死」が、ガンという病気によって目の前に来ただけなのです。
ですから、ガンに囚われるのではなく、違うところへ意識を向けることです。
「病気だけれど、病人にならない」ということです。
患者という漢字は「心」を「串刺し」にされた「者」と書きます。
「患者」になるのはやめましょう。
毎日決めた日課を、結果を追い求めずに(ここポイントです)、心を込めて丁寧に、ただひたすら、淡々とこなしていく。
そして心を向ける先は、気分のいいこと、ほっこりすること、好きなこと、楽しいこと、ワクワクすること、とにかく気分の良くなる、こと、自分の周波数がアップすることに向けるのです。
そうしたら、もしかしたら…その結果として、気づいたら「ガンが消えてました/進行が止まってしまいました」みたいなことが起こるかもしれません。(そういう人を何人も知っています)
しかし、これはあくまでも「予期せぬ結果」であって、「ガンを消すために、いい気分を感じなくっちゃ」だとサバイバルモードになってしまうので注意が必要です。
結果は考えず、ただひたすら丁寧に日課をこなし、あとはいい気分で過ごす。
何も考えない「アホ」が最強です。
アホには「恐怖」「不安」はありません。だって何も考えていないんですからね。
さあ、僕と一緒に「愛と感謝と喜びのアホ」になりませんか?
アホは最強です。

「ガンから学んだこと」
ガンになって得た3つのラッキー
①当たり前だけど、人間百パーセント死ぬ事、命に限りがある事を意識できたこと。また嬉しい事に命の終わりはわからない。だから自分はどう生きたいのか?と考える機会と時間をもらえたラッキー。
②病気とは字のごとく気を病むと発生する現象。即ち自分の言葉や思い、行動、生活の結果であり、心の使い方がポイント。そして自分が原因なら自分で治せるチャンスありでラッキー。
③ガンは2人に1人の時代だから、恐れず、治療も医者頼み、医者任せでなく、代替療法や東洋医学等自分で調べ、この治療はやってみようと心に響いたなら、それを信じ「ありがとう」と「感謝」で実践してみるとラッキー。
「患者さんへのメッセージ」
〇自分の人生は自分が主役。この人生舞台で最後まで生ききる為にも、過去は忘れ、今日、今の生き方に心を向け、自分で決断実行し、責任を取る覚悟と、主治医は自分と意識する。
〇どんな状況でも喜びと幸せの種を見つけて、1日1回は笑顔の自分を見て、「生きてる」「元気」「幸せ」「今日はいい日だ」と声に出し笑うこと。
※高見さんとは10年来のガン友です。2011年に悪性リンパ腫2期発病。抗がん剤6クールのところを2クールで止めて、酵素玄米食、枇杷温灸、郭林新気功、還元電子治療でガンが消失。現在は地元香川県でボランティア活動で多忙な日々をお過ごしです。

「ガンから学んだこと」
ガンは「変わりなさい」というメッセージだと思います。
それは自分以外の別の人になれと言っているのではなく、本来で本当のありのままの自分に戻りなさいということです。
その為にはまず、ガンになる心の習慣化(癖)を背景に、睡眠、食事、運動、加温、笑いの日々の生活習慣の見直しが必要だと思います。
「患者さんへメッセージ」
私が出会ったある患者さんのように、余命数か月といわれたガンが9割消えるほどの自然治癒力を私たちは持っています。
もっと自分の身体を信じてください。そして、自分を信じられる生き方をしてください。
それはたゆまぬ毎日の生活そのものです。
※船戸崇史さんは船戸クリニック院長、2018年からは「リボーン洞戸」代表としても、ガンの再発転移の予防に取り組んでおられます。
今回のメッセージは、船戸先生の校正の元、著書「がんが消えていく生き方」より、一部抜粋して記載致しました。

「ガンから学んだこと」
気力体力に任せて、仕事もプライベートも限界を超える生活を続けてついにガンに。
しかも膵臓ガン4期という厳しいものでしたが、ガンのお陰でこれまでの生活を見直し、多くの人の助けに感謝しつつ、生き方の大転換ができました。
お陰で身体も心も社会生活も良好になり、病気をする前より、心身共にずっと健康になれました。
「患者さんへメッセージ」
医療だけに頼るのではなく、自分の主治医は自分と思って、免疫力を高めるために自分ができることを日々実践してください。「実践と継続」が大切です。
ガンの部位やステージに関係ありません。
※「お薦めの一冊」でも紹介している「膵臓がんステージⅣから還ってきた男」の著者川嶋勝美氏に「生還者の声」へのコメントをお願いしたところ、長いお手紙(体験談)をいただきました。川嶋さんの「利他」の心が詰まった素晴らしい内容でした。コメントはお手紙の中から抜粋し、一部手を加えたものです。
川嶋さんの体験談をお読みになりたい方は、「お知らせ」からご覧いただけます。
ガンを克服するためのノウハウがたくさん詰まっています。

「ガンから学んだこと」
私にとってガンになったことは「生き方そのものが変わる」出来事でした。
それまでの人生は只漫然と生きてきたように思います。そして、それはそのまま平均寿命くらいは続くと思っていました。しかし、ガンになって未来は約束されたものではない。来年は生きていないかもしれないとの恐怖はそんな安易な今までの生き方を根底から崩すものでした。
いつかは死を迎えるにしても「ガンでは死にたくない」と思いました。
なぜ生きたいのか?
生きて何がしたいのか?
命がけで守るものはなにか?
ガンを治すための決め手は「患者がどれだけ真剣に生きたいか」にかかっていることを学びました。
それは、ガン生還者仲間をみても分かります。
そして、ガンを治し、生きてさえいれば思ってもみなかった良いことが次々と起こります。
「患者さんへのメッセージ」
私から患者さんに送るメッセージは次の2点です。
1点目は「とにかく生き抜く努力をしてください。」
見栄とか、行きがかりとか、世間の常識などそんなことはどうでも良いです。
自分が良いと思う方法をとことん信じて治るまでやってください。
くれぐれも「どうぞ治してください」という他人任せはダメです。
2点目は「迷ったら信頼できる人を見つけてください」
自分のことを真剣に見て、アドバイスをしてくれる人を見つけてください。
そういう意味では福浦さゆりさんは最高の人です。
※井上さんには第6回講演会の講師として体験談をお話していただきました。現在は福岡県で「ガン生還者の会 ・希望」の代表としてご活躍されています。

「ガンから学んだこと」
私は40年前(1982)絨毛がんと診断され米国で抗がん剤治療をうけましたが、子宮から肺3カ所に転移し、6カ月の余命と宣告されました。日本に転院したときは8カ所に転移が増えさらに進行していました。
しかし、主治医は九大池見酉次郎教授が集められた1000人に一人くらいは起こっているがんの自然退縮の症例のレポートをみせて、末期がんでも本人が強い「生きる意志」を持てば治ることもあると励ましてくれました。
そして、サイモントン博士の心身相関理論に基づくイメージ療法を指導してくれ、心で治す、治ると思わなければ体に治るスイッチは入らないことを教えていただきました。落ち込むような診断の数値や症状が出ても、捻じ曲げてでもプラスに考え、どのような悲観的な状況でも「既に治った自分の姿」を常に持ち続けました。絶望的状況に希望の光を見つけた思いでした。
医師から見放されたような状況であったても、なすべきことはただひとつ、生きるための試みです。こうした指導により、医者任せの受け身ではなく、自分の中にある治癒力を信じて、自分から主体的に闘病に取り組むところに道が開かれることを学んでいったのです。心が身体に及ぼす影響がプラスにもマイナスにもいかに大きいかということを知って、闘病のカギが心の持ち方にあることを確信しました。
がんは死に直面させる病気であるので、人生で何が最も価値あり、また大切なことであるかを気づかせてくれました。(紙面の関係上、具体的内容は割愛します)
「患者さんへのメッセージ」
どのような治療を選択したらいいかと考えている人、既に病院の治療が始まっている人、一段落落ち着いた人、再発予防に取り組んでいる人等、これはがんになったばかりの新人さんむけです。
要点は2つ。一つはがんを心身相関の観点からみつめる。心が身体に及ぼす力の大きさを学ぶこと。ホリステッィックの観点からみると、自分でやるべきことがわかってきます。
2点目は、具体的な治療法については、「統合医療」的観点から取り組むということです。
三大療法だけではなく、これを補完してより治療効果を上げるために、代替・補完・伝統療法も積極的に取り入れる方法を自分で考える。

「ガンから学んだこと」
ガンは私に真に大切な事を気付かせてくれました。
ガンになる前は人と比較する、またコンプレックスを隠すため見栄を張りモノで自信の無さを満たそうとしていました。
価値観は表面的なものを追いかけていました、
そして自分で「生きてる!」と大きな誤解をして感謝の足りない私でした.
ガンになり「いのちの期限」を宣告。苦悩の中、見出したものが「生かされてた」という事
葉っぱ一枚にも命が宿る、その命は自然の循環の中で過不足なく行われる営みにより、私達の命を支える
この決められた法則は見えない大きな力により支えられている
全てはその大きな力で「生かされてる」と氣付き、その当たり前の事に鈍感になっていました。
感謝の心が芽生え、謙虚さも学び、素の自分で良いんだと心から思え、自分を肯定的に捉えれる様になり、人生、より深みを増して来てます。
「患者さんへのメッセージ」
ガンには特効薬はありません、だからこそ視野狭窄に陥らずに、ガンを知ること、希望を捨てない事、自分を変える努力をする事、行動する事、自分のいのちを人任せにしない事
諦めなければ、たくさんの治し方が見えてきます。
今日一日の積み重ねを大事にお過ごしてください
心施 和顔施
※森本さんは第13回講演会で体験談をお話しして下さいました。2年間で2度再発し余命1年と診断されてからの生還劇。壮絶な体験にもかかわらず、持ち前のユーモアと明るさで、会場に笑い声があふれました。

「ガンから学んだこと」
ガンの発症は単なる偶然ではなく原因があるということ。
気持ちや心の持ち方、食生活の乱れが大きく影響。
180度転換した生活を継続し免疫力が向上した。
結果 画像検査(MRI)異常なし!
「患者さんへメッセージ」
これまでの自分を見つめ直し原因と思われるモノを探せたらしめたもの。
過去の生活を改め、身体の声を聴きながら継続するのみ。
迷ったらその行動(思い)は「命を守るか」を考えましょう。
思いは叶う、完治元年!
※中島さんは第10回講演会で体験談をお話して下さいました。
働き盛りの42歳で発病され、持ち前の努力と根気で克服されました。
誠実なお人柄が印象的なお話でした。
著書に「がんからの贈りもの」熊日出版

「ガンから学んだこと」
私は真面目さ故に人に評価されたい、理解してほしい、といつも心の底で欲求不満をため込んでいました。そして変えられない過去を悔やみ、どうなるかわからない未来に不安を抱えて生きていました。
生活習慣に加えて、そういう生き方考え方がストレスを生み、免疫力を下げてしまったと思います。
ガンはそんな私に、自然療法や人との出会いを通して、心も体も自然の営みのように循環させながら、さらさらと流れる水のようにこだわらず、今を生きることを教えてくれました。
「患者さんへのメッセージ」
「ラッキー」は魔法の言葉です。声に出して笑顔で言い続けると本当に幸運がやってきました。ついでにいつもくよくよ過去を引きずる私が、いつの間にか前向きになっていました。
「ピンチはチャンス」目の前のことは全て必然と心に決めて、今日一日、今出来ることに集中しました。
※生還者の声、第1回目。ご挨拶も兼ねて。ガン発病から今年で19年。たくさんのご縁のお陰で、生かされていることに感謝する日々です。これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。